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モナドロジー

空と紫陽花

心理学者たちが遠くしてしまったそれは、
ここから一番近くにあるはずの空の
青。

知っている、汚れた作業着の匂いと
100㌧裁断機が打ち抜く二万八千八百秒の白い
一日。

聴こえないはずの
足音の外側にへばり付いた
空想。

雨に濡れる紫陽花。

終わりが終わり、永遠の横に座る。

雨に濡れよう――
と、思う。
自分に一番近い場所で、誰も知らない出来事が始まって終わる。

What’s been laid in the distance by psycologists is the blue of the sky.

I know,it’s the smell of a dirty smock frock and one whity workday of twenty eight thousand eigh hundred minutes which a 100ton press-cut machine cuts out.

(…)

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坂道

小日向から白山へ行く途次
閑静なたたずまいの家並みに
挟まれた、小さな陽の当たる坂道の
下で見かけた、妖奇な爬虫類を
貪り食う貂の姿。十月といえ
ばもう秋なんだが昼時分は、でも
しかし温暖なもので、温暖で
あったその坂下から見上げると
中程の家の庭隅に棕櫚の巨木が
そそり立っている。見上げた過去の
その時に、坂下に佇む人は
ズック靴に馴染まぬ見識らぬ坂道
を、見識らぬ先から懐かしんでいた
のか、見識った今はじめて懐かしく思い
浮かべているのか、孰れであろうかと
思案する。それから入り組んだ道を
行き、小さな稲荷様を視野の隅に感じ
ながらガードを潜る。路地を
抜け、春日通りに出たところで、道を問う
人があった。私は今来た道を誇ら
し気に指し示す。気持のいい風が顎の下をくすぐ
るようにして逃げて行った。この街の住人のよう
な顔がしたかった。坂下から見上げた過去
は、今でもその街の風の裏側に
へばりついたままでいる。

‘82.11.1

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単細胞学-序論

ゾウリムシに生まれたら

ゾウリムシに生まれたら
俺はきっと記憶がない
ゾウリムシの過去は
どこへ消えていくんだろう
それとも、ゾウリムシの
俺の今はもうすでにない過去なのか
俺の細胞口は、ぱくぱくと
つねにもうない今を食う
空を見ようよ
空を見ようよ
何かであるはずだったそれが
何でもなかったとしても
どうしてそれ以外じゃなかったのか
いまさら面倒くさいのだとしても
空を見ようよ
一緒に空を見上げる君が
君以外じゃありえなかったって
そんな気がするから
その人へ
あなたを受け容れるために
私は更に成長しなくてはならない

いつまで経っても間抜けな北風だ

きっとあなたのことなんか
これっぽちも考えちゃいない

あなたを?
あなたはもうあなただ
私が受け容れる前にすでにあなただった

太陽はいつもニコニコしてるもんだから
あなたは上衣を脱ぎたくなってしまう
着ているもの全部脱いでしまうのだ

きっとあなたのことなんか
これっぽちも考えちゃいない
間抜けな北風に
あなたは腹を立て
意固地になって
黒を白と言う

北風さん、君は
呑み込みの悪い人だね
一緒に成長したいと
思ったんじゃないのかい?

イジメてることにしかならない

その人は
私が受け容れようなんて
思うずっと以前から
その人自身だったんだ

私がいる
その人のところから

いるはずなんだ
ADHDの君へ
君には言葉の表と裏がわからない
君には“今”が生き生きとしすぎている
そんな君から奪うのは簡単だ
君は優しい人に与えるだろうから

君の“今”に翳がさす前に
出会えたらいいね
騙さない人じゃなくて
騙せない人に

きっとその人は
君自身に違いないから