小日向から白山へ行く途次 閑静なたたずまいの家並みに 挟まれた、小さな陽の当たる坂道の 下で見かけた、妖奇な爬虫類を 貪り食う貂の姿。十月といえ ばもう秋なんだが昼時分は、でも しかし温暖なもので、温暖で あったその坂下から見上げると 中程の家の庭隅に棕櫚の巨木が そそり立っている。見上げた過去の その時に、坂下に佇む人は ズック靴に馴染まぬ見識らぬ坂道 を、見識らぬ先から懐かしんでいた のか、見識った今はじめて懐かしく思い 浮かべているのか、孰れであろうかと 思案する。それから入り組んだ道を 行き、小さな稲荷様を視野の隅に感じ ながらガードを潜る。路地を 抜け、春日通りに出たところで、道を問う 人があった。私は今来た道を誇ら し気に指し示す。気持のいい風が顎の下をくすぐ るようにして逃げて行った。この街の住人のよう な顔がしたかった。坂下から見上げた過去 は、今でもその街の風の裏側に へばりついたままでいる。
‘82.11.1