人物Wが狂気の科学者に拉致され、明日ひどい拷問にかけられると告げられた。
人物Wを仮に若林さんとしよう。
科学者はこう付け加える。
「拷問を受ける直前に、お前の記憶はすべて削除される」
若林さんの身体を「W」で表し、若林さんの記憶を「(W)」で表すと、
W(W)→W( )
恐怖は消えない。記憶がなくても〈私〉が拷問をうけることに変わりはないから。
さらに科学者は言う。
「お前は、かわりに別の記憶を注入されるのだ」
W(X)
自分が春日だと信じこんでいる〈私〉が拷問に苦しんでいることを想像することは恐ろしい。
科学者はまたこう言う。
「お前に注入される記憶はくっきー!さん=Kのものだ」
W(W)→W(K)
自分がくっきー!だと信じこんでいる私が拷問にかけられる!恐ろしい!
科学者「同時にK氏の記憶を消去する」
若林さんは思った。自分が誰だか分からなくなったくっきー!がネタ番組であたふたしようが、俺には関係ない。
W(K) | K( )
科学者「記憶を失ったK氏にお前Wの記憶を注入する」
いや、くっきー!の記憶がどうなろうと関係ない。たとえ俺の記憶だとしても。
W(K) | K(W)
科学者「そして最後にお前の身体とK氏の身体が入れ替わることになるだろう!」
K(K) | W(W)
地獄の鞭打ちや電気ショックを受けるのはK(K)です。
若林さんは何が何だか分からないが、ひどい恐怖の中で震えが止まりませんでした。
「私」とは私の身体でしょうか?
「私」とは私の記憶でしょうか?
「私」とは私の身体でも私の記憶でもない何かでしょうか?
おっしま~い(^^;
参考文献(ネタ本):
永井均『〈子ども〉のための哲学』講談社現代新書