私がなぜ他の誰かでなく私なのか、
あなたが私でなかったのはなぜか、
私には説明できない。
空の向こうにある苦しみが、
私のものでない理由がわからない。
私がなぜ他の誰かでなく私なのか、
あなたが私でなかったのはなぜか、
私には説明できない。
空の向こうにある苦しみが、
私のものでない理由がわからない。
【夢違え】🙏
最近漸く歩けるようになり、笑顔も見せるようになってきたのだが、その嘔吐は突然のことだった。柘榴色のゼリーを口いっぱいに溜め、本人はでもふざけているようでもあった。認知症とはいえ、程度は軽い。
「ばあちゃん、医者行くべ」
畦道を急いだ。ケンさんがばあちゃんを背中に負ぶっているのだが、後で考えると、このケンさんというのは誰だろう。
「渋木田に行くんですか。あそこだと病院は…」
「〇〇医院に行きましょう」
ケンさんが息を切らして辛そうな表情でそう言うと、ばあちゃんは蝶々の姿になって畑の上をひらひらと一回りして、またケンさんの背中に戻る。
「ばあちゃん、俺の背中に乗れよ」
気が付くと蝶々は二匹になっていた。小さい黄色い蝶々が忙しなげに羽を揺らす。(こっちはばあちゃんじゃないな。)
「ばあちゃん」
(人間に戻れなくなったのか。まずいぞ。)
蝶々は土手の上に遠のいていく。みんなよいじゃなかんべで…。
—?! そんなことねえってば。
その時、瞼の向こうに朝が潤んでいた。
朝、茂野が学校へ行った後も、蒲団の中でごろごろしていた。蒲団はいいな。そう思った。それはたぶん茂野と最も意見の一致するところだった。一回やってみたいんだよな、茂野が言った。教室に蒲団敷いて、蒲団に入ったまま授業すんの。それが理想だと言う。眠りつづけることができたら…
でもやっぱり茂野とは少し違うと思った。その思いはしかし常に重苦しい劣等感と対になっていた。寝ることはなんのプラスにもならない。生きるということは何者かとしてあるということだ。あらないことを決して許そうとしないここ、この場所。心地良い眠りにはだから罪悪感が伴った。
茂野の書架の日本文学大系の勇姿を眺めていた。まあ、気持ちの問題で、べつに必要ないんだけどね、と笑っていたが、三年ローンだという支払の方を考えると、流石に国語科の教師としての意気込みを感じざるをえない。
「三好かァ」
とか呟きながら、人差し指で弾いてみる。ポンといい音がする。
「安吾だよ…」
立葵の咲く結構急な坂を、知佳がコカコーラと烏龍茶を手に持って登ってくるのが見えた。茂野のサンダルを履いて、一歩一歩なにか確かめるように坂をのぼる。赤、黄、緑のラスタ帽が関東平野の北の外れにやっぱりミスマッチで、でもそれがすごく似合ってて、…
実感なんてないけれど、つまりこの不確かな感情が、つまり一番大切なもののような気もして、それがどういうことなのか分からなかった、だから青い空を見上げた。そして、
「チカかァ」
と呟いた。そして、
「チカだよ…」
と呟いた。
Stir It Up/ Bob Marley &The Wailers
https://youtu.be/sWRlNpy8jB8
“I” does not consist in possession but in existence.
I certainly am here by your side.
「生命」が尊い、「生命一般」が尊いということではない。肯定とは、個別の他者が私でないものとして現われることである。あるいは私のものさえもが他者として私に現われることであることの肯定ではないか。(立岩真也『私的所有論』)
その「私」が尊い。。
茂ちゃんが第一発見者だった。牛込署から帰ってきたばっかりだという。「今日は追悼公演」俺が新宿でバカやっていた時、渡辺さんは渡辺さんの生を終りにしたのだ。キリーロフのように時が止まる瞬間を感じることがあったのだろうか。小さな舞台の上で、渡辺さんはもう一つの〈いま〉をさがしていた。
彼は偉大なる常識人だったのだと思う。だからこそ、か。トートナウベルクで一言言えなかったろうか。
ダーザインであればこそ、つねにすでに政治的でもある。あらざるをえない。
auf eines Denkenden
kommendes
Wort
im Herzen,
─P. Celan
私の意志によって
変えられる未来は
ただ一塊の肉体の運動にすぎない
それでも私の未来の指先があなたに届く
私はあなたに届いているだろうか
Torn like a cloud,a drop,under the darkness..,seems quaking.