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Silent Waters *3

闇の中の黒い壁、落ちていくのか登っていくのかわからない。ちゃんと床の上を歩いているのかさえ。防音室で音が天井や壁の特殊材に吸い取られるように、光を吸収する素材や塗料があるのか。無謀だ、引き返した方がいい。そう思った瞬間、壁をなぞっていた指先に突起物が触れた。

気を失ったらしい。光に包まれたのは覚えている。光か? いや、真っ白な無だ。色さえなかった。「何してる? お前、サークじゃないな」声の主は地味なスーツ姿の青年だった。眩暈がする。立ち上がろうとする俺の頭を押さえ、「待て」と言う。中腰のまま奥へ押し込まれた形だ。空きパレットが山積みされた隙間、倉庫か? 足音がする。
「川西さん、社長がお呼びです」
「わかった。すぐ行く。頼まれてた物は車の中にある。キーだ。持ってきてくれ。社長は気が短いの知ってるだろ」
チッと舌を鳴らし、足音が去ってゆく。
間をおいて、男が頭の上に覆い被さる形で腕を伸ばす。指先が何かを叩く微かな音が4回。

漆黒の廊下(おそらく廊下だったはず)、足の裏に受ける重力以外何も感覚がない黒い非在空間に戻ってきた。
「壁にある装置はトポロジー遷移デバイスです。壁に触れたら駄目です。こっちです、真っ直ぐ。急いで」
自分の内臓の位置すらわからない闇の中で、その声に悪意がないことだけは確かだった。動物的な勘だ、今まだ生きているのだとすれば。
「川西さん?」遠くから、井戸の底からのようなくぐもった声。
「まずい。…明日ここに来てください。説明します」
誘導されていた右手に紙切れのようなものが捻じ込まれるとすぐに、全ての気配が消えた。

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Silent Waters *2

質素な社長室だった。応接セットすらない。壁際にスチール製書類棚が二台。奥の事務机の横に長テーブルがあり、その下からスツールを引き出して座った。窓から裏手の公園の欅が覗いている。枝先の葉の陰はまだ弱々しかった。
「体に変調はありませんか?」その視線は入り口の方に向けられたままだった。
「変調? 変調があるはずなのか?」
「いえ、運が良かったようですね」少し顔が蒼ざめて見えたが、窓から射し込む光の加減かもしれない。こんな若さで社長だ、さすがに賢そうな面立ち。
「とりあえず、礼を言う。ありがとう。君に助けられなかったら、生きては帰れなかったんだろうな、たぶん」危ないヤマはこれまでだって何度もあった。だが、これは普通じゃない。路地裏にへたり込んでいる自分の姿に気がつくまで、完全に意識が飛んでいた。街灯の下で震える拳を開いた。名刺だった。「株式会社サニーリング」。
「あらかた事情はご存知のようですね」
「いや」焦る気持ちを抑えた。「教えて欲しい。どうして俺を助けたのか」
「あれは一体何だったのか、じゃないんですか。先に聞きたいのは」
サニーリングについては失踪した社員の周辺から調べていた。財務関係も少し探ったが、損害を被った側であることは間違いなかった。川西に会うのは初めてだ。その目は相変わらずどこか遠くを見ている。いや、目ではどこも見ていない。
「なぜ助けたのか、自分でもわからないんですよ」そう言うと、事務机の向こうで椅子を軋ませながら立ち上がる。一瞬目が合う。目⁉︎「まあ、偶々なんでしょう。人がどうなろうが気にしなかったんですから、これまで」
「目……」
「ああ、変成が始まったんですよ」窓辺に向かって歩きながら、内ポケットからサングラスを取り出す。「説明しますよ。聞きたいんでしょう? あなたを助けたのは、多分、そろそろタイミングかな、と思ったからかもしれません」
アブサークの一味には違いない、もちろん危険だ。わかっている、わかっていてここに来たのだ。だが、俺がどうにかされそうになったのを、こいつは少なくとも「気にした」ってことだ。何がメリットだ? 「タイミング」か? 何のタイミングだ?
「私はコギマ新聞の坂口といいます。この際、あなたを信じてみようと思ったんです」
「いや、信じてはいないでしょう? でも、信じたいんですね」差し出した名刺に見向きもせず、制止するように挙げた片腕の先の掌の皺が異様に深い。「正義感だけが強い稀な一部の報道関係者か、さもなければ権威主義と組織への忠誠心だけがない稀な一部の警察関係者だろうとは推測していました」
「そんな警察はいませんよ」
「警察は冗談ですよ。警察は手が出せません。上で繋がっている」
身震いがした。デカすぎる。だが、もう首を突っ込んじまっている。

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Silent Waters *1

【『サイレントウォーター』用語解説】

現実と非現実:
現実は存在し、非現実は存在しない。

世界:
厳密に言えば世界それ自体は存在しないが * 、存在するあらゆるモノ・コト** を総称するために「世界」という言葉を使用する。逆に言えば、「世界」という言葉にそれ以上の意味を付け加えるのは誤りだ。

* マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』(2013)を参照。
** 机、太陽、冷蔵庫、バクテリア、妄想している脳、妄想された内容、等々。ただし、妄想それ自体は非現実だから存在しない。

「現実」(Reality):
言うまでもないが、これはオリジナルと区別がつかないコピーに対する形容ではない。存在するということが「現実」(Reality)だ。そして、「現実」(Reality)は「帝国のゲーム」だ。

アブサークが「変成」(Henjo)と呼んでいる現象:
壊れたデータの再出力(実証科学の視点から)
モナドの変容(哲学の地平から)

帝国の時計:
帝国のゲームにおけるティック(Tick)*

* ティック(Tick) = ゲーム開発用語で毎フレーム実行される処理を表す。時計の針が刻む音チクタク(tick-tock)に由来する。

帝国のゲーム:
究極のシステムであるこのゲームは「帝国の時計」によって動作している。帝国の時計そのものは単純な構造をしている。つまり生成を司っているだけだ。
帝国は決して負けることのないゲームをプレイしている。

帝国のゲームの中の論理データ:
私たちの自由意志は、内部にいる限りそう見えるというだけで、私たちの自由は束縛変数* の自由にすぎない。だから、私とあなたがもし入れ替わったとしても帝国のゲームのプレイヤーにとって意味は変わらない。

* 数学・数理論理学で、代入される値の変化に式の値が依存しない変数をいう。例:∀x∃yφ(x, y, z)におけるxとy。
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時の外

— After Catastrophe

私の見た情景、私の知る経緯をここに置く。
こことはどこか?
巨大な虚無の片隅だろう。
もはや私の声を聞く者はいないようだ。

壮絶だった帝国との闘い。

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心に残る一節

そこで私は,自分の愚かな肉体が気づかないうちに死ぬ。人が見るもの,叫ぶもの,じたばたするものとは残骸にすぎない。残骸は自分のことがわかっていない。この混乱のどこかで,やはり思い違いしたまま,思考は必死にもがいている。思考もまた私を探すが,あいかわらず,そこに私はいない。

ベケット『マロウン死す』,宇野邦一訳,河出書房新社

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脱出ラボ!on AppStore

どこか遠くへ行きたい。。。

「どこか遠く」はでもすぐ近くにあるようです。
ほとんど自分自身に重なるくらい近くに。

Cogiサマーパークのウォータースライダーに飛び込むだけ。
誰もいない「どこか遠く」から戻ってこれるかな?

App Storeで無料配信中!

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つもり

見えてない、って思ってる?
(Invisible,you mean?)

──・・・・・・。😼

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空の向こうに

私がなぜ他の誰かでなく私なのか、
あなたが私でなかったのはなぜか、
私には説明できない。

空の向こうにある苦しみが、
私のものでない理由がわからない。

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私のもの?

ロック、カント、ヘーゲルが自覚し、その根拠づけを試みたこの問題。ほとんどの人がむしろそこに問いを立てうることさえ忘れ、この私的所有という「教え」を素朴に信じている。マルクス主義の「搾取」の議論も、この点は例外ではない。

私のものは私のもの? どうして?

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夢違え

【夢違え】🙏

最近漸く歩けるようになり、笑顔も見せるようになってきたのだが、その嘔吐は突然のことだった。柘榴色のゼリーを口いっぱいに溜め、本人はでもふざけているようでもあった。認知症とはいえ、程度は軽い。
「ばあちゃん、医者行くべ」

畦道を急いだ。ケンさんがばあちゃんを背中に負ぶっているのだが、後で考えると、このケンさんというのは誰だろう。
「渋木田に行くんですか。あそこだと病院は…」
「〇〇医院に行きましょう」

ケンさんが息を切らして辛そうな表情でそう言うと、ばあちゃんは蝶々の姿になって畑の上をひらひらと一回りして、またケンさんの背中に戻る。
「ばあちゃん、俺の背中に乗れよ」
気が付くと蝶々は二匹になっていた。小さい黄色い蝶々が忙しなげに羽を揺らす。(こっちはばあちゃんじゃないな。)

「ばあちゃん」
(人間に戻れなくなったのか。まずいぞ。)
蝶々は土手の上に遠のいていく。みんなよいじゃなかんべで…。
—?! そんなことねえってば。

その時、瞼の向こうに朝が潤んでいた。