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サイレントウォーター

少年B:Stage 1

《第二章》

いつまでこんなことを続けるのか。何故だ。人間の世界で、人間の顔をぶら下げて。その気になれば戸塚なんてどうにでもできる。「頼りにしてるんだぜ」背中で聞いた戸塚の粘っこい声が耳奥にまといついていた。飼育階の管理室を出ると、微かな物音があちこちで響いている。モンスターに声はない。物理的には。床や壁の擦れる音、布が引きちぎれる音。金属音はない。特定の元素の作用が未解明だったからだ。
通路の端に窪みがあった。指先で柱を4回叩く。位相遷移装置が作動し、プールサイドにワープした。一瞬、水の匂いに顔を歪めた。おそらく人間にはこの匂いは感じられない。不快感は実際は嗅覚自体ではなく、想起や夢の知覚野で生じている。傷口に小さな蛆虫が侵入してくる、そんなゾクゾクッとする感覚だ。闇の中に揺れる水面から目を背け、小型のフラッシュライトで扉のある方角を照らした。いつまでこんなことを・・・。もう一度心の中で繰り返した。出入口の方に向かって重い足取りで進むと、数メートル先、楕円形に照らし出される視界の隅に赤いスニーカーが見えた。はっとしてライトを向けると、シャワー付き通路の壁の陰に一人の少年が倒れている。罅割れたタイルに押し付けられた頰にはまだ血色があった。川西は辺りを見回し奴らがいないことを確認すると、徐にかがみ込み少年の耳元に顔を近づけた。
「おい」
右腕がピクッと動き、ゆっくりと口を開け息を吸い込んだ。少年は立ち上がり、自分の体を点検するような仕草の後、少し間をおいて後ろを振り返った。川西が立っている。少年は咄嗟に一歩退いた。
「いや、怪しい者じゃない。と言っても、十分怪しいか。とにかく、そんなことはどうでもいい。すぐにここから離れろ。建物の外に出るんだ」
だが、川西がそう言い終わる前に、あの音がすでに近づいていた。モンスターだ。
「うわっ」
「こっちだ」
川西にはそれぞれのモンスターの視野の広さが識別できた。3体だった。モンスターたちに見えていないゾーンを辿り慎重に少しずつ背後に回り込む。怯える少年の手を引き、倉庫に駆け込んだ。用具棚をドアに寄せ、プールフロアを3台立ててそこにもたせかけた。額の汗を手で拭う川西に少年が口を開いた。「友達を見ませんでしたか。僕の他に3人ここにいたんです」
川西は一瞬言葉に詰まったが、「あのモンスターたちが・・・君の友達なんじゃないか」と答えた。どうしようもないことなんだ。それが事実だ。
少年は動揺した様子を見せながらも、「助けられませんか」と言った。

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